3日間なにも食べていない

震災後のネパールの状況

ネパールのガソリン不足は、この国の何千もの人々に大きな影響を与えています。

「僕らは3日間、何も食べていないんだ。」との言った男性の言葉に驚きました。男性と11歳の息子の穏やかな顔からは、彼らの大変な状況について信じることができませんでした。

今朝私は、朝食に卵とトーストを食べようか迷っていましたが、急いでいたので、少しの果物だけを食べました。その後、自宅から徒歩で出かけました。ここ数週間、ネパールではガソリンが手に入らないため、調子の良い私のバイクも家の前に置かれたままです。そこで私は、地元バスが利用できる主要な交差点へと向かいました。

しかし、交差点でもバスを見つけることができず、20分ほど待ちましたが、結局、歩いて目的地へ向かうことを決めました。途中でバスが来るかもしれないし、ヒッチハイクをすれば優しい地元民が乗せてくれるかもしれないと考えていると、給水車(自宅に井戸や水道を持たない人々に水を売る車)が、止まってくれたのです。

給水車の男性は私を乗せてくれると、彼の息子は私に「どこへ行くの?」と尋ねました。私は目的地を告げ、徒歩で移動していた理由を話し、私たちはお互いにガソリン不足を嘆きました。それから男性は、給水車のためのガソリンを得るため行列に3日間も順番待ちで並んでいたこと、その間は仕事ができず、この3日間食べる物がなかったことを話してくれました。

私は、3日間も食べていない誰かのことを考えると自分の胃が痛くなってきました。ネパールで「何も食べていない」というのは、主食であるお米を食べていないことを意味します。彼らは焼きそばや肉団子、その他の様々な料理も食べることができますが、ネパール人々にとってそれらは「おやつ」であり、ちゃんとした食事ではありません。給水車の男性と息子も、このことを言っているのか、それとも何も食べるものがなかったのか、ちょっと私はそこまで聞くことはできませんでした。

すぐに給水車は目的地に到着し、わたしはお礼にと5ドルを男性に差し出しました。数日間分の食料を買うことができる額です。しかし、男性と息子は、受け取ろうとしませんでした。「今日はガソリンが手に入ったから、これから水を売りに行って収入を得られるよ。今晩は何か食べることができるから。」と男性は笑顔で言いましたが、私はもう一度、5ドルを渡そうとしました。しかし彼はかたくなに受け取ろうとしなかったので、結局この5ドルを手にしたまま私は車を降りました。

その後、私は必要を備えて下さった神様に感謝し、ネパールの人たちのゆえに神様を賛美するしかありませんでした。彼らのたくましさと寛大さは私にとって励ましとなりました。

給水車の男性との出会い以来、私は同じような境遇にある数家族と話す機会が与えられました。ガソリンが無く、調理用のガスもなく、仕事もない。仕事が無ければ収入を得ることもできません。そのような状況にもかかわらず、ネパール人はできる限り人を助け、あの男性のようにガソリンを得ることができれば人をその車に乗せ、自分の持ち物を人々に分かち合うのです。

ガソリン不足のために、苦しい境遇にあるネパール人のために、OMネパールが人々の必要に応えていくことができるためにもお祈りください。